幻住庵記 2.旅の結び

【芭蕉自筆影印】
 予又市中をさ流こと十とせ者可り尓して いそち(五十)やゝち可き身盤 ミのむしの蓑をうしなひ か多つ婦りいゑ(蝸牛カタツムリ家)越離て 奥羽き佐可多の暑き日もおもて越こかし 高すなこ(砂丘)あゆみくるしき 北海能荒礒尓 きひす越破りて こ登し湖水の波尓多ゝよふ 鳩(ニホ・湖ニホ)乃うき巣能な可禮【とゝま流へ起芦(幻住庵)】の一もと(本)能陰堂のもし具 軒端茨(可フキ)あら多め 垣禰ゆひそへ(結添)な無として 卯月能初いと可りそ免尓入し山能 やていて(出)しとさへ於もひそみ怒 

(予又市中をさること十とせばかりにして、いそぢ(五十)やゝちかき身は、ミのむしの蓑をうしなひ、かたつぶりいえ(蝸牛カタツムリ家)を離て、奥羽きさがたの暑き日もおもてをこがし、高すなご(砂丘)あゆみくるしき、北海の荒磯に、きびすを破りて、ことし湖水の波にたゞよふ。鳩(ニホ・湖ニホ)のうき巣のながれ【とゞまるべき芦(幻住庵)】の一もと(本)の陰たのもしく、軒端茨(フキ)あらため、垣ねゆひそへ(結添)なむどして、卯月の初いとかりそめに入し山の、やがていで(出)じとさへおもひそみぬ。)