大垣・荊口宛書簡 江戸

【芭蕉自筆影印】

 尚ゝ當年ハ 江戸尓つな可れ候
再會寛ゝ(ユルユル)と願申候

度ゝ貴翰御細書辱(カジケナク)
自是(コレヨリ)も折ゝ御案内と存候へ共 閑窓とハ人のい者せさ流耳まきれ候而 心外ニ移行 日数三とせ 一別を隔て候
愈 御堅固ニ被成御座候由 珍重奉存候
御内室様 文鳥子 無恙(ツツガナク)御入被成候半(ハン)と存候
此方 御両息 御無事ニ 首尾能(ヨク)御勤被成候
折ゝ懸御目(オメニカカリ) 御噂共申事ニ御座候
御發句なと適ゝ被仰聞候
殊之外感吟仕候
此筋(シキン)子へ申 少ゝ書留置可申と申事ニ御座候
如行(ジョコウ) 火事已後も不相替(アイカワラズ)風雅相被勤(アイツトメラレ)候
旨 厚志之逸物 殊勝之至ニ存候
拙者 當春 楢子桃印と申もの 三十餘迄苦労ニ致候而 病死致 此病中 神魂をなやませ 死後断腸之思 難止(ヤミガタク)候而 精情草臥 花の盛 春乃行衛(ユクヘ)も夢のやう尓て暮 句も不申出(モウシイデズ)候
頃日(ケイジツ)者郭公盛ニ啼王多りて 人ゝ吟詠 草扉尓音信(オトヅレ)侍しも 蜀君乃何某(ナニガシ)も 旅にて無常をとけ多るとこ楚申傳え多れハ 猶 亡人可旅懐 草庵尓してうせ堂流事も 一入(ヒトシオ)悲しミの便りとな禮者 本とゝ支須の句も工案すましき覚悟に候處 愁情なくさめ者やと 杉風 曽良 水邊之本とゝ支すとて 更ニすゝむる尓ま可せて 与風存寄(フトゾンジヨリ)候句

      聲横ふや歟
 本とゝ支す聲や横ふ水の上

と申候尓 又同し心ニて

 一聲の江丹横ふや本とゝ支す

水光接天(テンニセッシ) 白露 横江(コウニヨコタワル)の字 横 句眼なるへしや
婦多川の作 い川連丹や登推稿難定處 水沼氏沾徳(露沾)と云もの吊来(トブラヒキタ)禮るに 可禮物定の者可せとなれと 両句 評を乞
沾曰 横江の句文ニ對して(?)考之時ハ 句量 尤(モットモ)いミし可るへ个禮者 江の字抜て 水の上とく川ろ気多類 句の丹ほひよろしき方ニ おもひ付へきの条申出候
兎角する内 山口素堂 原安適なと詩哥のすきもの共入来りて 水上の究よろしきニ定りて 事やミぬ
させ類事なき句な可ら 白露横江と云奇文を味合(アジワイアワセ)て 御覧可被下候
是又 御懐しさのあまり 書付申事ニ候
          以上

  卯月廿九日     者せ越

 荊口雅老人


尚ゝ当年は 江戸につながれ候
再会寛ゝ(ユルユル)と願申候

度ゝ貴翰御細書忝辱(カジケナク)
自是(コレヨリ)も折ゝ御案内と存候へ共 閑窓とは人のいはせざるにまぎれ候而 心外に移行 日数三とせ 一別を隔て候
愈 御堅固に被成御座候由 珍重奉存候
御内室様 文鳥子 無恙(ツツガナク)御入被成候半(ハン)と存候
此方 御両息 御無事に 首尾能(ヨク)御勤被成候
折ゝ懸御目(オメニカカリ) 御噂共申事に御座候
御発句など適ゝ被仰聞候
殊之外感吟仕候
此筋(シキン)子へ申 少ゝ書留置可申と申事に御座候
如行(ジョコウ) 火事已後も不相替(アイカワラズ)風雅相被勤(アイツトメラレ)候
旨 厚志之逸物 殊勝之至に存候
拙者 当春 楢子桃印と申もの 三十餘迄苦労に致候而 病死致 此病中 神魂をなやませ 死後断腸之思 難止(ヤミガタク)候而 精情草臥 花の盛 春の行衛(ユクヘ)も夢のやうにて暮 句も不申出(モウシイデズ)候
頃日(ケイジツ)は郭公盛に啼わたりて 人ゝ吟詠 草扉に音信(オトヅレ)侍しも 屬蜀君の何某(ナニガシ)も 旅にて無常をとげたるとこそ申伝えたれば 猶 亡人が旅懐 草庵にしてうせたる事も 一入(ヒトシオ)悲しみの便りとなれば ほとゝぎすの句も工案すまじき覚悟に候処 愁情なぐさめばやと 杉風 曽良 水辺之ほとゝぎすとて 更にすゝむるにまかせて 与風存寄(フトゾンジヨリ)候句

      声横ふや歟
 ほとゝぎす声や横ふ水の上

と申候に 又同じ心にて

 一声の江に横ふやほとゝぎす

水光接天(テンニセッシ) 白露 横江(コウニヨコタワル)の字 横 句眼なるべしや
ふたつの作 いづれにやと推敲難定処 水沼氏沾徳(露沾)と云もの吊来(トブラヒキタ)れるに かれ物定のはかせとなれと 両句 評を乞
沾曰 横江の句文に対して(?)考之時は 句量 尤(モットモ)いみじかるべければ 江の字抜て 水の上とくつろげたる 句のにほひよろしき方に おもひ付べきの条申出候
兎角する内 山口素堂 原安適など詩歌のすきもの共入来りて 水上の究よろしきに定りて 事やみぬ
させる事なき句ながら 白露横江と云奇文を味合(アジワイアワセ)て 御覧可被下候
是又 御懐しさのあまり 書付申事に候
          以上

  卯月廿九日     ばせを

 荊口雅老人