幻住庵記 4.幻の住

【芭蕉自筆影印】
 さる越(しかるに) つくし(築紫)高良山能僧正ハ 加茂能甲斐何可し可厳子(ゲンシ)尓て この多ひ洛尓の本りゐまそ可り介る(いらっしゃる)を ある人をして額をこふ いとやすゝゝと筆越染て 幻住庵能三字越送らる や可て草庵能記念となしぬ す遍て山居といひ 旅寝といひ さ流器多くハふ遍くも那し 木曽能檜笠 越の菅蓑計 枕の上乃柱尓掛多り 昼盤稀ゝとふら婦ひとゝゝ尓心を動し ある盤宮守能翁 里の於のことも入来りて いの志ゝ能稲くひあらし 兎のまめ者多尓可よふなと 我聞志らぬ農談 日既山の端尓可ゝ禮者 夜坐静尓月を待てハ影をともなひ 燈をと川てハもう里やう(罔両)尓是非をこらす

(さるを(しかるに)、つくし(築紫)高良山の僧正は、加茂の甲斐何がしが厳子(ゲンシ)にて、このたび洛にのぼりいまそかりける(いらっしゃる)を、ある人をして額をこふ。いとやすゝゝと筆を染て、幻住庵の三字を送らる。やがて草庵の記念となしぬ。すべて山居といひ、旅寝といひ、さる器たくはふべくもなし。木曽の檜笠、越の菅蓑計、枕の上の柱に掛たり。昼は稀ゝとぶらふひとゞゝに心を動し、あるは宮守の翁、里のおのこども入来りて、いのしゝの稲くひあらし、兎のまめばたにかよふなど 我聞しらぬ農談、日既山の端にかゝれば、夜座静に月を待ては影をともなひ、燈をとつてはもうりやう(罔両)に是非をこらす。 )