幻住庵記 5.これからも

【芭蕉自筆影印】
 可くいへ者とて ひ多婦るに閑寂をこのみ 山野尓跡を可くさ無と尓盤あらす やゝ病身尓倦(ウミ)て 世越いとひし人尓似多り つらゝゝ(つくづく)年月能移りこしつ多な(拙)き身能とか(科)越おもふに 一多ひ盤仕官懸命の地をうらやみ ある時は佛籬(ブツリ)祖室能と本そ(扉)尓い(入)ら無とせしも 多とり(たより)なき風雲尓身をせ免 花鳥に精を労して 暫生涯能者可り事とさへなれ者 終(ツヒ)尓無能無才尓し亭 此一筋尓つ奈可流 (白)楽天盤五臓の神を破り 老杜ハ痩多り 賢愚文質(ケングブンシツ)能ひとし可ら佐る茂 いつ禮可幻能すミかならすや登 於もひ捨て婦しぬ

 先多能無椎の木も有夏こたち  

(かくいへばとて、ひたぶるに閑寂をこのみ、山野に跡をかくさむとにはあらず。やゝ病身に倦(ウミ)て、世をいとひし人に似たり。つらゝゝ(つくづく)年月の移りこしつたな(拙)き身のとが(科)をおもふに、一たびは仕官懸命の地をうらやみ、ある時は佛籬(ブツリ)祖室のとぼそ(扉)にい(入)らむとせしも、たどり(たより)なき風雲に身をせめ、花鳥に精を労して、暫生涯のはかり事とさへなれば、終(ツヒ)に無能無才にして、此一筋につながる。(白)楽天は五臓の神を破り、老杜は痩たり。賢愚文質(ケングブンシツ)のひとしからざるも、いづれか幻のすみかならずやと、おもひ捨てふしぬ。

 先たのむ椎の木も有夏こたち  )